今回はシンガー・ソングライター具島直子のデビュー作「miss. G」(1996年)を紹介します。
本盤は具島直子のデビュー作にして代表作。シティポップ・ファンには名盤として親しまれてきました。
どんな作品か詳しく見ていきましょう。
具島直子「miss. G」の聴きどころ
本盤「miss. G」は1996年6月に発売された具島直子のデビューアルバムです。
シティポップ・ファンにはおなじみのシンガー・ソングライター桐ケ谷仁の弟、桐ヶ谷俊博がプロデュースを務めました。
ジャジーかつAORテイストが強いのが特徴的な作品ですが、なぜか低音系の管楽器が一切使われていないという不思議な音作りになっています。
本盤の聴きどころは次の3つ。
- 切望が込められた歌詞
- 倍音が豊富な歌声
- 随所に織り込まれたブルーノートスケール
ひとつずつ見ていきましょう。
切望が込められた歌詞
本盤には「願い」「祈り」といった何かを切望する思いが込められた歌詞が随所にあります。
- 「Melody」の「青い闇を越え/変わらぬ想い/伝えられたら」
- 「Candy」の「どうかここへ」
- 「My steady girl」の「涙のわけを/教えてください」「しめつけていた/全てのものを/伝えてください」
- 「モノクローム」の「私の言葉はみな/静かに舞い上がり/あなたまで届かない」
- 「Love song」の「2度とはなれぬように/きずなを/深めて下さい」
1990年代後半の日本のポップスで「~してください」という表現が出てくるケースは極めて稀。
70年代の歌謡曲にはありましたが、80年代で減少、90年代はほぼ絶滅状態でした。
なぜ「~してください」なんてへりくだった言い方をするのか気になります。
また、本盤の具島直子の歌詞には度々「friend」や「girl」が出てきます。
この「friend」が引っかかるんですね。
男性目線で「friend」や「girl」に語っているようには思えない。
そう考えると、相手は「恋人」ではなく「friend」=「girl」。
ということは「女友達に思いを寄せる女性」の目線で描かれた歌詞と推察できます。
いまの時代なら女性同士の恋愛は珍しくありませんが、1990年代は世間的に認められにくいものでした。
歌詞から見える「何かを切望する思い」とはつまり「叶わぬ恋」に向けられているのです。
しかし「叶わぬ恋」といっても、中島みゆきのような情念はありません。
叶わない状況を突き破ろうという激しい思いはなく、最後は静かに受け入れる。
そのような諦念がエレガントな世界観を形作っているのではないかと思うわけです。
そしてこうしたエレガントな世界観からは具島直子のセンシティブな感性が窺えます。
倍音が豊富な歌声
誰もがひとつの音を発声するとき、実際には単音を発しているのではありません。
いくつかの音が同時に発声されているのです。
たとえば440Hzの音なら、2倍の880Hz、3倍の1320Hz…と音が重なって鳴る。
このように複数重なった音を「倍音」と呼びます。
具島直子は一度に出せる倍音の数が豊富な歌手。
「モノクローム」の歌い出しの「そんな」の「な」の音が顕著で、かなりハーモニックな響きに聴こえます。
歌に「音色」があるわけですね。
もちろんこれだけではなく、すべての曲で豊富な「倍音」が味わえます。
随所に織り込まれたブルーノートスケール
具島直子の曲は随所にブルーノートスケールが織り込まれています。
作曲段階で入れているものとアドリブで入れたものとの両方があり、本盤からジャズの匂いが感じられるのはそのせいです。
本盤でそれが際立っているのが「Candy」。
前半の「こらえてた涙なら/一粒も残さず」の「一粒も」のところなんて、はじめて聴いたとき憎いほどうまくてゾクゾクしたほどです。
近年ではカバーバージョンもいくつかありますが、本家のエッジの効いたブルーノートは誰も超えられていません。
具島直子「miss. G」全曲解説
具島直子「miss. G」を全曲解説していきます。
Melody
シックでミスティーな雰囲気に包まれたオープニング曲。
1990年代当時、このようなムードの曲はほかに誰も発表していませんでした。
リズムを刻むギターカッティングにピアノでブルーノートスケールのフレーズが乗る。
そこに重なるコーラスはブラジル風。
そこはかとなく、マイケル・フランクスにリンクしているように感じられます。
Candy
カーティス・メイフィールド「Tripping Out」のリズムにナインスの音が優雅に響く具島直子の代表曲。
歌メロはシンプルなようで複雑。歌いこなすのは難しいでしょう。
具島直子のしなやかでエレガントな歌声の魅力が存分に発揮された名曲です。
シティ・ポップのカバーソング・プロジェクト「Tokimeki Records」をはじめ、いくつかのカバーバージョンも。
台風の夜
密室感のあるボサノバ。これもまたマイケル・フランクスを、とくに「so kiss for me tonight」のあたりに感じます。
繰り返す「Tonight,so kiss for me」がなんとも切ない。
My steady girl
歌声のトーンから「相手に伝えず心にしまった思い」を感じさせます。
「涙のわけを/教えてください」「しめつけていた/全てのものを/伝えてください」の歌詞と裏腹に、これらの思いは口にされていない。
そんな切望がブルースになっています。
モノクローム
オクターブ奏法のギターが印象的なイントロからスタート。
シンプルなコードの繰り返しが「透明な川まで連れてって」の歌詞通り、淀みなく流れる川をイメージさせます。
後半「私の心はまだあなたを愛してる」の「愛」にブルーノートが当てられているのにグッときます。
Love song
1990年代、東芝のCMに使われていた曲。私が具島直子をきっかけはこの曲でした。
ストリートカルチャーの全盛期だった当時、「街の言葉に/まどわされずに/愛して下さい」には撃ち抜かれたものです。
シンプルでゆるやかな演奏も含めて、シティ・ポップやAOR的な価値観が消失していた90年代にうんざりしていた私にはこの曲のクリスタルな世界観が救いでした。
具島直子のセンシティブな魅力がもっとも発揮された一曲です。
Dream for 2
冒頭から「いつからかずっと/手に入れてみたかった」と切望。
後半でささやくように歌われる「It's the Endless Dream for you and me」が、叶わぬ想いのイメージをより強めます。
イントロのフルートは名手ダン・ヒギンズによるもの。
my friend
キャロル・キングやジャニス・イアンを感じさせる曲。
「たまには電話して/声を聞かせてね」にもまた切望の色が出ています。
今を生きる
こういった曲調ならサックスソロを入れるのが通例ですが、後半で聴けるのはなぜかフルート・ソロ。
ダン・ヒギンズがいるのでサックスを入れられるはず。何度も聴いてわかったのはふわっとした柔らかい音にしようとしたのではないかということ。
「ダバダ、ダバダバ」のコーラスがフルートソロに重なるあたりにそんな意図が見えます。
Melody(English version)
1990年代前半くらいまではこういった日英バージョンの展開は多かったのですが、本盤発表当時はほとんど誰もやらなくなっていました。
言葉が英語と日本語で違うだけでなく、若干声のトーンが高いのも味わって聴きたい。
具島直子のプロフィール 現在の活動は?
具島直子は1969年生まれ、画家・糸園和三郎を祖父にもつシンガー・ソングライター。
21歳でプロになることを決意し、1996年に本盤で東芝EMIからデビューしました。
1997年に2ndアルバム「Quiet Emotion」、1999年に3rdアルバム「Mellow Medicine」を発表。
しなやかでエレガントな歌声から90年代最高のジャパニーズAORディーヴァとも呼ばれ、音楽関係者からも高く評価されています。
具島直子の魅力は、あの囁くような歌声。クールなのにまとわりつくような感覚があって、しんなり濡れている。小悪魔的だけれど、ぶった感じはまったくなくて、それが天性。男に「守ってあげなきゃ」と思わせる何かがある。それでいて凛とした気品が漂っている
音楽ライター・金澤寿和
2007年、Hawaii mana musicから4枚目のアルバム「MYSTIC SPICE」を発表。
2008年から2011年にかけて数回ライブを開催しましたが、その後は活動が途絶えていました。
2011年発表の「美しいもの」から10年ほどブランクが空いた2021年10月に新曲「Prism」を、2022年6月に「Horoscope」を公開しています。
さらに、およそ16年ぶりの新作EP「Prism」を2023年4月26日にリリースするという情報も解禁されています。
少しずつ再始動のきざしが見えてきました。
おわりに
今回は具島直子の「miss. G」を紹介しました。
本盤の聴きどころは次の3つ。
- 切望が込められた歌詞
- 倍音成分が豊富な歌声
- 随所に織り込まれたブルーノートスケール
【具島直子「miss. G」の総評】
※星5つで満点
時代性 ★★
演奏 ★★★
独創性 ★★★★
楽曲 ★★★★
歌 ★★★★★
本盤は音楽配信サービスでも聴けます。
気になったら一聴を。