シティ・ポップのガイドブックを見るたび気になるのは、北畠美枝の「太陽の破片(かけら)」(1992年)が軒並み除外されていること。
90年代にリアルタイムで評価されなかったのはわかりますが、2000年代にオーガニック・ミュージックが流行った頃や、2020年前後にシティ・ポップが台頭しても無視され続けているのはなぜか。
今回は、いまだ評価の機会に恵まれていない北畠美枝アルバム「太陽の破片」をご紹介します。
北畠美枝ってどんな人?
北畠美枝(きたばたけ・みえ)は、1990年代初頭に活動していた歌手。
ガールポップ系シンガーのひとりと見られる向きがありますが、詳細なプロフィールは不明です。
フルアルバム2枚、ミニアルバム1枚をリリース。
桐ケ谷仁の提供曲「ロードスター」や伊藤薫による「U・SO・TU・KI」など、シティ・ポップやAOR歌謡好きをくすぐるシングル曲も残しています。
北畠美枝の作品はポップスマニアにはある程度認知されているはずなのに、シティ・ポップのガイドブックからは軒並み除外されていて、本盤もlight mellow部の「オブスキュア・シティポップ」にすら掲載されていません。
北畠美枝「太陽の破片」の聴きどころ
北畠美枝「太陽の破片(かけら)」の聴きどころは次の3つ。
- 安定感のある歌
- 極上のリゾートソングが粒ぞろい
- 桐ケ谷仁ワークスとしての価値
ひとつずつ見ていきましょう。
安定感のある歌
北畠美枝の魅力は、なんといっても安定感のある歌。これに尽きます。
高低どちらに振れてもブレないピッチの良さ、表現に頼らない歌唱。
こうした生真面目に歌メロをなぞる姿勢がどの楽曲にも貫かれています。
逆に見れば、エモーショナルな面に欠ける。
安心して聴ける反面、感情を揺さぶる歌唱はほとんどありません。
北畠美枝の歌は、良くも悪くもきっちりしているのです。
極上のリゾートソングが粒ぞろい
本盤は極上のリゾートソングの寄せ集めというべき内容に仕上がっています。
なぜそうなったのか?制作陣がリゾートソングを得意とした人ばかりだったからです。
たとえば、本盤に収録された何曲かは桐ケ谷仁が作曲を手がけています。
桐ケ谷仁は1981年にアルファから傑作と名高いリゾートアルバム「WINDY」を発表。いわばビーチサイドの情景を曲に落とし込む手練です。
8はともにリゾート感のある曲は得意中の得意なMANNA(YMOファミリーのシンガー)とブレバタの岩沢幸矢が共作。
要するにアルファミュージックゆかりの人が集められたわけですね。
さらに角松敏生らのサポートを務めた林有三が3、5、7、8の編曲を務めたのもリゾート感を格上げする結果をもたらしています。
こういった制作陣によって本盤は極上のリゾートアルバムとなったのです。
桐ケ谷仁ワークスとしての価値
桐ケ谷仁が作編曲とコーラスで参加していることから、本盤は90年代の桐ケ谷仁ワークスとしても価値のある作品です。
本盤では特にコーラスアレンジが冴えています。
桐ケ谷仁が携わった当山ひとみや彩恵津子、伊藤美奈子らのシティポップ作品群に連なる一枚と見ると、その貴重さのほどがうかがえるでしょう。
なお、このあとにリリースされたシングル「ロードスター」も桐ヶ谷作品でした。
北畠美枝「太陽の破片」全曲解説
北畠美枝「太陽の破片」の収録曲を順番にご紹介していきます。
1 何も言わないで
ケニー・ランキンを思わせるアコースティックサウンドで静かに幕開け。
こうした曲調は北畠美枝の歌と好相性です。
2 スクランブル・モーメント
波音のSEからスタート、桐ケ谷仁による「土曜日の恋人」のリズムで作られたシティ・ポップ。
ただ、楽曲の舞台は土曜の夜ならぬ土曜の昼です。
サビのコーラスがそこはかとなくビーチボーイズ、コード進行でビートルズのエッセンスが入るのがおもしろい。
3 黄昏
ニューヨーク・シティ・セレナーデ(Arthur's Theme)的哀愁Aメロにそそられるバラード。
印象的なサビのコーラスアレンジも作者の桐ヶ谷仁によるもの。
ギターがフィーチャーされた曲でないものの、土方隆行が参加しています。
4 マイ・プレシャス・デイ~ブカブカパジャマで
92年当時は「絶滅危惧種」の扱いを受けていたバート・バカラック調のシャッフル。
80年代や90年代といった括りがあいまいになった今典型的なシティ・ポップとして楽しめます。
5 リゾート・オブ・ハート~心の休暇
タイでのバカンスを歌った岩沢二弓による提供曲。
歌詞の中の主人公の身軽さを表すためか、アレンジも無駄を削ぎ落としてシンプルにしています。
6 シーサイド・ムーン (アルバム・リミックス)
山梨鐐平の提供曲。
ボッサ調ながら、リュート弾きの山梨鐐平らしいスパニッシュな雰囲気に仕上がっています。
メロウなサビメロが印象的。今井美樹の「Sol y Sombra」に比肩するスパニッシュ・ボッサの名曲ではないでしょうか。
7 8月の青い空の下
作曲:山梨鐐平・編曲:林有三による本盤のハイライト。
サビのディミニッシュが爽快なシティ・ポップの隠れ名曲のひとつです。
ただ、この曲こそ土方隆行がギターを弾くべきだったのでは?
8 サムバディ・ラヴズ・ユー
またしてもバカラック調のシャッフル?と見せかけて、そこからホーンが鳴り後期ビートルズ的展開へ。
当時40代だったブレバタのコーラスがすでにして貫禄を感じさせます。
9 ブランチ・バスケット
ゆるやかにフェードインしてくる桐ケ谷仁によるアンニュイなボサノバ。
ユニゾンコーラスにシティ・ポップらしさが感じられます。
10 あなたがすべてだった頃
桐ケ谷仁の提供曲。
小細工なしに曲に寄り添うコーラスアレンジに桐ケ谷仁の職人気質があらわれています。
北畠美枝の生真面目な歌ともうまく調和しています。
おわりに
今回は北畠美枝の「太陽の破片(かけら)」(1992年)を紹介しました。
北畠美枝「太陽の破片(かけら)」の聴きどころは次の3つ。
- 安定感のある歌
- 極上のリゾートソングが粒ぞろい
- 桐ケ谷仁ワークスとしての価値
【北畠美枝「太陽の破片」の総評】
※星5つで満点
時代性 ★
演奏 ★★★
独創性 ★★
楽曲 ★★★
歌 ★★★
本盤はすでに廃盤、音楽配信サービスでの配信もありません。
気になったら中古盤を探しましょう。