シティ・ポップと歌謡曲の旨味がたっぷり詰まった音楽が聴きたい。
もしそう思っているなら、伊藤美奈子のデビューアルバム「Tendely」をおすすめします。
今回はそんな伊藤美奈子の歌と「Tendely」の魅力を探っていきましょう。
伊藤美奈子「Tenderly」の3つの聴きどころ
本盤「Tenderly」は、1982年にリリースされた伊藤美奈子のデビューアルバムです。
プロデュースおよびアレンジは松任谷正隆が担当。収録曲はすべて伊藤美奈子本人が手がけています。
本盤の魅力は以下の3つ。
- ティンパンアレイ系のミュージシャンによる極上のグルーヴ
- マイナーコードが作り出す哀愁
- ドライな質感ながら感情が込められた歌
順番に見ていきましょう。
ティンパンアレイ系のミュージシャンによる極上のグルーヴ
「Tenderly」のレコーディングに参加したメンバーの一部をあげてみましょう。
- 松原正樹
- 今剛
- 椎名和夫
- 林立夫
- 青山純
- 山木秀夫
- 後藤次利
- 斎藤ノブ
- ジェイク・コンセプション
- 桐ケ谷仁
- 数原晋
- トマト・ストリングス・アンサンブル
非常に豪華ですね。松任谷正隆ゆかりの一流ミュージシャンが一堂に集結しています。
以上の人たちを個別に詳しく紹介していくと途方もなく長くなり本題を逸脱するので控えますが、いずれも80年代のシティポップを牽引した名プレーヤーだといっておきましょう。
「80年代シティポップの名盤」と呼ばれる作品のクレジットを確認すれば、このうちの誰かの名前が見つかるはずです。
マイナーコードが作り出す哀愁
シティ・ポップは「どれだけかっこいい転調ができるか」を競い合う音楽。といっていいほど転調だらけです。
しかし本盤は、「マイナーキーで始まりマイナーキーで終わる」といった「転調なし」の曲が大半を占めています。
本盤に終始漂っている哀愁は、この「転調なし」「マイナーコードづくめ」の効果によるものです。
色でいうならセピア。決してカラフルでない世界。
こうしたマイナーコードの多用が醸し出すセピア色めいた哀愁が、ドラマティックな印象を演出しています。
本盤から強烈に感じられる歌謡曲の匂いはマイナーコードの効果なのです。
ドライな質感ながら感情が込められた歌
伊藤美奈子の歌声はドライでサラッとしているのが特徴。
歌声自体はどちらかというとシティ・ポップ向きです。
なのに、歌い方は歌謡曲的なしっとり感を出す作法にのっとっています。
つまり、声質がシティ・ポップ向きでありながら歌い方が歌謡曲的だという両面を備えているわけです。
伊藤美奈子ってどんな人?
ここで、伊藤美奈子の来歴について簡単に触れておきましょう。
伊藤美奈子は1962年生まれのシンガー・ソングライター。
1982年、20歳で本盤とシングル「グラスの中の青い海」をリリースし、CBS・ソニーからデビューしました。
1984年にはセカンドアルバム「誘魚灯」を、翌1985年にはサードアルバム「Portrait」をリリースするも、以降の活動は途絶えます。
この間のメディアへの露出はFMラジオへの出演くらいしかなく、テレビ出演の記録はありません。
2000年、15年のブランクを経て「楽(gaku)」をリリース。
2009年11月6日には、四谷天窓comfortでソロライブも開催しました。
ただ、それ以降は表立った活動がない様子です。
伊藤美奈子「Tenderly」のオススメ曲
本盤に収録されたおすすめの曲を紹介しましょう。
- グラスの中の青い海
- さよならの休日
- きらめく季節
- 昨日からの会釈
- 雨のメヌエット
- 回転木馬の夜
- アムール
【1 グラスの中の青い海】
マイナーコードの哀愁感を一流ミュージシャンたちの演奏が盛り上げる。
ドライな声質としっとりした歌い方によって「AOR歌謡」と「シティ・ポップ」の両面から聴ける一品。
【2 さよならの休日】
松原正樹・今剛コンビの掛け合いギターが冴えるイントロからスタート。
歌いだしからの低音ボイスまでをせつないギターのフレーズがうまくつなぐ。
歌い方の湿度は少ないものの、マイナーコードの哀愁感が歌謡曲要素をしっかり醸し出しています。
とくにサビの「さよならって言った/忘れるって言った」の部分のドラマティックさが秀逸。
【4 きらめく季節】
イントロの分数コードでふわふわしたイメージをさせ、転調して歌いだしの歌詞「雲の切れ間から広がる光が」につながっていくアレンジは見事。
Bメロからドラムが「ドドン」とウォール・オブ・サウンドで入るのが、「愛の告白を決意した女性の気持ち」を伝える歌詞の世界観と音の壮大さが一致しています。
竹内まりや「色・ホワイトブレンド」を先取ったともいえる曲です(こっちのほうが早い)。
【5 昨日からの会釈】
スラップベースとドラムがクールにグルーブするイントロはシティ・ポップ度数高め。
歌に入ると、伊藤美奈子のしっとり感を意識した歌い方がAOR歌謡に寄りに。
【7 雨のメヌエット】
これもイントロの松原正樹・今剛コンビの掛け合いギターが感情をゆさぶる。
しっとり感をおさえ気味に歌っているのが、「雨を見て最初の恋人を思い出す」という歌詞のストーリーをうまく表現しています。
「雨」を湿っぽくせずドライに歌ったことが、おさえようとしてもおさえきれない気持ちにフィット。
【8 回転木馬の夜】
竹内まりや「リンダ」を思わせるロマンティックなロッカバラード。
ドライな歌声のなかに高音でしっとり成分を入れている加減が絶妙。
本盤中、もっとも伊藤美奈子の歌のうまさが堪能できる曲。
【9 アムール】
イントロからコンガ、スラップベース、随所に挟み込まれるストリングスなどで作られたラテン風グルーブが気持ちいい。
「あなたにめがけて走り始めたの」なんて歌詞なのに、クールな「引き」の歌い方で歌っているのが見事。
「アムール(愛)だから、熱情的に歌うとただのラテンになってつまらない」という松任谷正隆のアドバイスと推測します。
シティ・ポップ好きにもAOR歌謡好きにもオススメしたい一曲です。
まとめ
今回は伊藤美奈子の「Tenderly」を紹介しました。
本盤の聴きどころは以下の3つです。
- ティンパンアレイ系のミュージシャンによる極上のグルーヴ
- マイナーコードが作り出す哀愁
- ドライな質感ながら感情が込められた歌
【伊藤美奈子「Tenderly」の総評】 ※星5つで満点 時代性 ★★★★ 演奏 ★★★★★ 独創性 ★★ 楽曲 ★★★ 歌 ★★★★★
シティ・ポップと歌謡曲の旨味がたっぷり詰まった音楽が聴きたいなら、本盤を聴いてまず損はないでしょう。
音楽配信サービスでも配信されています。