今回は歌手・麻生小百合の2ndアルバムを紹介します。
本盤をいまだかつて、どこかで掘り下げて紹介されたのを私は見たことがありません。
90年代から2000年代にかけてのレア盤発掘ブームでも無視され、2010年代の80年代リバイバルでも取り上げられることがなかったこの作品。
「キャンディ・ジャズ」と銘打ってジャズ界隈のミュージシャンも参加しているものの、仕上がりは苦味・渋味が取り除かれたジャズ風ポップスです。
歌はアイドル歌手ーより少しうまいくらいですが、シュガーパウダーやメープルシロップをたっぷりかけたような甘いウィスパーボイスが魅力的。
80年代特有のパステルトーンを音にしたようなファンシーな作品なので、シティ・ポップが注目されている今こそ聴くべきでしょう。
詳しく紹介していきます。
「キャンディ・ジャズ」とは?
本盤「ストロベリー・ジャム」の制作陣はビーイング。
同じ頃、ビーイングでは秋本奈緒美を「シティ・ジャズ」として売り出していました。
これにたいして、「キャンディ・ジャズ」という触れ込みでデビューしたのが麻生小百合です。
まず、そのよくわからない看板「キャンディ・ジャズ」とは何なのか?からいきましょう。
1980年代の「キャンディなんとか」流行に乗った
80年代初頭には松田聖子のような女性アイドルのハイトーンボイスが「キャンディボイス」と呼ばれることがありました。
また、女性ボーカルによるオールディーズ風のポップスは「キャンディ・ポップ」というジャンルにくくられることも。
こうした「キャンディなんとか」が流行しているから、という安易な理由でジャズに「キャンディ」をくっつけてみたのでしょう。
「キャンディ」つけたら当たるかもよ⁉︎と。
しかし、「キャンディ」と「ジャズ」で化学反応が起こったかというと、まったくそんなことはありませんでした。
当時は、ジャズにソウルやロック、ブラジル音楽などを掛け合わせた「フュージョン」の全盛期。
ジャズをポップに変形させるのが当たり前の時代です。
そんな状況下では「キャンディ」をジャズにくっつけたところで、馴染んでしまったわけですね。
「キャンディ・ジャズ」に前例があった!?
それに、「キャンディ・ジャズ」には前例がありました。
1981年に「ウエディング・ベル」のヒットを飛ばした3人組のグループ「シュガー」です。
シュガーは、わざわざ「キャンディ・ジャズ」なんて看板こそ出していないものの「ジャズ風のポップス」を展開していました。
ビーイングは、シュガーのヒットに追随して麻生小百合を売りだそうとしたように思われます。
シュガーをカテゴリーでくくってみたら「キャンディ・ジャズ」になるわけで、そこに新人シンガーが続いたら売れるぞ、と。
じっさい麻生小百合はシュガーの「ウエディング・ベル」がヒットした直後にデビューしています。
流行に馴染んでしまったから、そこまでの人気を博すにはいたりませんでした。
麻生小百合ってどんな人?
ここで麻生小百合のプロフィールを。
麻生小百合は1960年生まれ、静岡県出身。
テニスが大好きで、通っていた日本大学三島高校ではテニス部に所属していました。
高校時代の先輩が東京でバンド活動をしていて、ボーカルとして加入してほしいと誘われたのをきっかけに上京。
たまたまバンドの練習をしていた場所が渋谷のジャズ喫茶の地下だったため、4ビートを耳にするうちジャズに興味を持つように。
はじめて買ったジャズのレコードはヘレン・メリル。
デビュー当時聴いていた音楽はコニー・スティーブンスやドリス・デイだという。
ここで大事なのは、ビリー・ホリデイやカーメン・マクレエらのディープなブルースに根ざした歌手ではないところ。
あくまでもソフトな歌手を愛好したのが本人の歌にもあらわれています。
本人のインタビューが掲載された当時の雑誌に目をとおすと、あっけらかんとしていて、歌手の自覚すらあったのかよくわかりません。
じっさい音楽の仕事よりグラビアの仕事が多かったようで、いま振り返ってみると、歌手というより「歌も歌っていたグラビアアイドル」という位置づけが適切ではないでしょうか。
ただ、メディアにはそこそこ取り上げられていて、北原理絵、秋元奈緒美と並んで「ニュージャズ3人娘」と呼ばれたこともありました。
活動期間1年でLP3枚リリース
麻生小百合の活動期間はわずか1年。その間に出したLPは3枚です。
- 1st「キャンディ・ジャズ」
- 2nd「ストロベリー・ジャム」
- 3rd「ぴんく」
1stはそこそこ聴かれたのか、中古レコード店でもよく見かけます。
「ラグジュアリー歌謡」のガイドブックでも紹介されました。
3rd「ぴんく」はジャズ要素を薄めてテクノ歌謡に寄った作品ですが、売り上げはいまひとつだったと見え、中古市場では奇盤扱いされています。
ただ、1stと3rdはともにそこそこ話題にはなりました。
1stはデビュー盤ということで、3rdは麻生小百合が「あえぎ声」を出した曲が収録されていることで、それぞれ注目されました。
今回の主役の2nd「ストロベリー・ジャム」は、1stと3rdにくらべると話題性にとぼしいものの、音楽的にはもっともすぐれた作品です。
サックスで土岐英史、伊東たけし、ジェイク H コンセプションらが参加するなど、1stのジャズ要素をキープしつつ、ポップな感覚をより強めた内容になっています。
また、ビーイング側の制作にかける熱意がもっとも伝わるアルバムでもあります。
麻生小百合「ストロベリー・ジャム」のオススメポイント
「ストロベリー・ジャム」の魅力は以下の3つ。
- パステルトーンのジャズ風ポップス
- 抑制しきれない無防備な歌
- 織田哲郎の初期ワークスとしての価値
詳しく確認していきましょう。
パステルトーンのジャズ風ポップス
本盤のプロデュースを担当したのは入江純。
入江純といえば、同じころ水原明子のアルバム「ラヴ・メッセージ」でグルービーかつエレガントな世界観を披露していました。
本盤でもそんなセンスを発揮して、スイングビートを色鮮やかに加工するアレンジを施しています。
スタジオぴえろの魔法少女シリーズのようなパステルカラーを感じさせるファンシーな音。
このあたりの色彩感覚が今っぽいのです。
抑制しきれない無防備な歌
音には趣向を凝らしているのに、麻生小百合の歌はあまり計算されていず、あけっぴろげです。
ビーイング側から「抑制の効いた歌にしろ」と言われたのか、ある程度おさえ気味に歌ってはいます。
けれど、それでも抑えきれない無防備さが出てしまっているところが魅力的です。
今にも包装がやぶけそうなキャンディ、とでもいっておきましょうか。
テニスでつちかったバイタリティが歌にもあらわれているようです。
織田哲郎の初期ワークスとしての価値
本盤は織田哲郎がコーラスと作曲で参加。
アレンジを入江純がソフトに仕上げたところに、織田哲郎はコーラスでブルースの要素を持ち込んでいます。
織田哲郎だけパステルトーンに染まらないのが興味深い。
現在、YouTubeチャンネルを持っている織田哲郎。いつか麻生小百合のレコーディング秘話でも語ってくれないでしょうか。
まだ作家性が強く出ていないものの、織田哲郎らしさは十分感じられる楽曲が収められています。
なお、本盤には織田哲郎作曲の「独り歩き」が収録されていますが、村田有美のデビュー盤(1979年)にも織田哲郎作曲の同名異曲があり、ややこしいことに。
麻生小百合「ストロベリー・ジャム」のオススメ曲
麻生小百合「ストロベリー・ジャム」のオススメ曲を紹介します。
【1 いちごの片想い】
ナンシー・シナトラのバージョンが有名なアメリカン・ポップスの日本語カバー。
北島健二のハードなギターがフィーチャーされたアレンジがウエストコースト風の軽さを演出しています。
麻生小百合の無防備な高音ボーカルが乗ると、ラウドなギター音の重さが消えて聴きやすいです。
【4 危ない関係】
ビーイング代表・長門大幸による三角関係を書いた楽曲。
曲調的にはシンプルなものの、麻生小百合のくったくのない歌がうまくハマっている好例です。
奥手の「彼」にたいして、「目の前でKISSしたら それで済むことよ」と関係の進展を望む心情を歌っています。
【5 独り歩き】
「危ない関係」から一転、ブルージーにひねった織田哲郎の楽曲。
みずからコーラスで「sweet little lady,keep on lovin'」と歌っているのも麻生小百合のアイドル寄りの声とのギャップが大きいです。
楽曲の難しさゆえか、歌いこなせていないのもご愛嬌。
【7 愛してあげる】
これも織田哲郎の楽曲。クリシェの効いたコード進行が気持ちいい。
失恋した「アナタ」をなぐさめつつ、「泣かないで 顔を上げて/My only love!/優しく愛してあげる」抜け目のない歌詞も素敵。
【10 想い出を消して】
ラストを飾るのは入江純による楽曲。
「醒めた心 つなぎとめる 手段(すべ)もないのね」と失恋を書いた歌詞がエレガントでクールな転調にみごと調和し、何度でも聴けます。
おわりに
今回は麻生小百合の「ストロベリー・ジャム」を紹介しました。
本盤の魅力は以下の3つです。
- パステルトーンのジャズ風ポップス
- 抑制しきれない無防備な歌
- 織田哲郎の初期ワークスとしての価値
【麻生小百合「ストロベリー・ジャム」の総評】
※星5つで満点
時代性 ★★★
演奏 ★★★★
独創性 ★★
楽曲 ★★★
歌 ★★★
本盤はCD化されていず、音楽配信サービスでも配信されていません。
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