AOR歌謡レビュー

河合夕子のアルバム「リトル・トウキョウ」でキラキラPOPな世界旅行に出よう!

河合夕子「リトル・トウキョウ」

海外旅行はおろか国内への旅行もままならない。

そんな時代には、せめて音楽で旅をしましょう。

河合夕子のデビューアルバム「リトル・トウキョウ」は、世界各国の風景をポップにきらびやかに描いた楽曲ばかり収録された作品です。

どんな作品なのか詳しく見ていきましょう。

河合夕子「リトル・トウキョウ」とは?

本盤「リトル・トウキョウ」は、1981年に河合夕子がEPICソニーから発表したデビューアルバムです。

全体をとおしてエキゾチックな雰囲気とネオンのキラキラした光で覆いつくされたようなポップな楽曲が並んでいます。

ひとことで表すなら、ロサンゼルスや香港の夜景のイメージ。といったところでしょう。

また本盤は河合夕子だけでなく、作詞家・売野雅勇にとってのデビュー作でもあります。

売野雅勇は、EPICソニーで河合夕子の自作曲の入ったデモテープを聴き、「歌っているのはこの子」と写真を見せられました。

そのカーリーヘアに丸メガネをかけた女の子を見た売野雅勇は、とっさに「東京タワー」のイメージがひらめいたそうです。

本盤のジャケットに「東京タワー」が写っていたり、河合夕子が出演したステージに東京タワーのミニチュアオブジェが飾られたりしたのは、そんな経緯からでした。

河合夕子「リトル・トウキョウ」の聴きどころ

本盤の聴きどころは次の3つ。

  1. 売野雅勇によるキラキラポップな七色の光線
  2. トロピカル&エキゾチックな雰囲気
  3. スキップするような軽やかな歌

詳しく見ていきましょう。

売野雅勇によるキラキラポップな七色の光線

本盤制作時の会議で、コピーライターだった売野雅勇は、EPICソニーの制作部長・目黒育郎に「リトル・トウキョウ」のコンセプトを伝えました。

言葉で描いた、ポップアートって感じで。作品によっては、ロマンチックなものも、キッチュなものもあったりして、でも、とにかく楽しいんです。キラキラしていて、聴いてるだけでハッピーになっちゃうわけです。

売野雅勇「砂の果実 80年代歌謡曲黄金時代疾走の日々」

続けて、こうも言っています。

アルバム全体が、『現代ポップアート展』なんて小さな垂れ幕が、窓から垂れている、原宿の同潤会アパートの一室で、ひっそりとやっているギャラリーみたいなイメージですね。

ギャラリーに入ると、壁に飾られた作品が、一点一点、ぜんぜんモチーフはちがっているけど、どれも、見てるだけで幸福な気分になれる絵ばっかりなんです。

上野の美術展とはぜんぜん違って、上等なバターを使ったパンケーキを焼いてるみたいな、いい匂いが、ギャラリーにあふれているんです。

売野雅勇「砂の果実 80年代歌謡曲黄金時代疾走の日々」

こうしたコンセプトを実現するため、アルバムの歌詞は河合夕子と売野雅勇との共作になりました。

河合夕子本人が書いた歌詞に売野雅勇が飾りをつけるといった手順で製作は進む。

たとえば、本盤を代表する「東京チークガール」は、河合夕子が書いた歌詞に、「キンラメNightに踊ろうよ」「常夏・ココナツ」といったキラキラ加工を売野雅勇が施しています。

しかも「東京チークガール」というタイトルも売野雅勇の発案。原題は「東京ナイト」だったとか。

どの楽曲もネオンライトやミラーボール、流れ星といったキラキラ光るものがたくさん描かれていて、一聴して楽しい気分になります。

通して聴けば、ポップな七色の光のイメージに包まれるはずです。

「ポップアート」「とにかく楽しい」「パンケーキの匂い」…たしかに、狙いどおりの世界観ですね。

エキゾチックな雰囲気

70年代後半から80年代前半にかけて、「トロピカル」「エキゾチック」といったムードが流行りました。

たとえば、現在のCHAIが身にまとっているようなビビッドピンクのアジア感強めなファッションや、ヤシの木がプリントされたグッズなんかが世の中にあふれていたのです。

そんな雰囲気をそのまま写し取ったように、本盤には「トロピカル」なものやアジア的な「エキゾチック」なものがぎっしりつまっています。

80年代のムードが好きならきっとハマるはず。

また、本盤が発売された1981年はアニメ「Dr.スランプ アラレちゃん」がブーム。

本盤の歌詞のどこの国ともつかない無国籍な設定はその影響もあったのでしょうか。

丸メガネをかけた河合夕子のいでたちもアラレちゃんのイメージに重なります。

スキップするような軽やかな歌

本盤を聴いていて心地いいのは、何よりも河合夕子のスキップするような軽やかな歌。

河合夕子のもともとの特性なのか、売野雅勇を中心とした制作陣の狙いを忠実に守ったのかわかりませんが、「聴いてるだけでハッピーになっちゃう」を体現していることは間違いありません。

河合夕子が夜のヒットスタジオに出演したときの動画がYouTubeに上がっています。

「東京チークガール」を歌っている姿をみると…なんと、ピョンピョン跳ねていました。

河合夕子「リトル・トウキョウ」全曲解説

河合夕子「リトル・トウキョウ」を全曲解説していきます。

【1 テレビジョン・トリップ】

ドゥービー・ブラザーズ 「What a Fool Believes」風のイントロ。

スラップベースが絡みリズムが軽快。

テレビのチャンネルを変えれば世界中に旅できると歌った楽曲。

「L.A. TOKYO & HONG KONG/シンガポールまで/電波はNO gard/なんて素敵 Pacific はさんだポーカー・ゲーム」という調子で都市名がズラリと並んでいくのは、アルバム全体で描かれる世界各国をナビゲートしています。

【2 ジャマイカン Climax】

次の舞台はカリブ海の島・ジャマイカ。

スイングがかったシャッフルビートのシティ・ポップ度高めな楽曲です。

まず印象的なのが「バッグにビキニ & ウェディングドレス」という1番の歌詞。

ジャマイカで挙式かと思わせて、2番の歌詞「海に投げたよ ウェディングドレス」で婚約破棄とわかります。

海に「指輪」とか「イヤリング」とかの小物を捨てる失恋ソングはよくありますが、「ウェディングドレス」を捨てるのはかなりダイナミックです。

全体的には陽気な歌唱ながら「夕凪 まどろみ」などの歌詞で陰りを感じさせる歌い方をしているのが心情をうまく表現していて、河合夕子の達者さが感じられる一曲。

1番のあとのペダルポイントのコード進行も気持ちいい。

【3 1959 想い出のダンス・ホール】

レゲエのリズムを刻みながらはじまるのは、2曲目の「ジャマイカ」からのつながりか。

ただ、「セピアのフォトグラフ/パパとママが踊る」という歌詞でどうやらジャマイカでの話ではないと見えます。

途中からスイングビートに。遠い過去の時間から「月の光」や「シンガポール・ナイト」「トロピカル・ホリディ」といったきらびやかな場面が連ねられていく。

歌い方の起伏を少なくすることで情景が次々に移り変わる歌詞が活きています。

【4 チャイナタウンでスクールデイズ (香港街学校日々)】

ダンスパーティものが続きます。

ややウエストコースト寄りの8ビートながら、イントロはひねりが効いたコード進行。

冒頭で「春のダンスパーティ」と歌ったあと、「ロックンロール」「リズム&ブルース」など華やかな学校生活の日々を回想しています。

【5 ハリウッド・ヴァケーション】

次の旅行先はハリウッド。

3連のロッカバラードに乗せて、河合夕子の歌はこれまでの楽曲よりややしっとりしています。

歌・楽曲ともにイベント「ギャルコン」で共演する須藤薫と近い。

夜の光とムードを描写した歌詞「サテンのドレス ムーンライト・テラス/シャンペングラスに夜が溶ける」が印象に残ります。

【6 東京チーク・ガール】

アルバムのハイライト。

ディック・セント・ニクラウスの「Bye Bye Baby」をモチーフにしつつ、パーカッションでラテン風の味付けをしたイントロから楽しげなムード。

何度も繰り返される「常夏・ココナツ」を聴くと、ココナッツソースのパンケーキの匂いが漂ってくるよう。

クレジットは「作詩 河合夕子」ですが、売野雅勇の著書「砂の果実 80年代歌謡曲黄金時代疾走の日々」で、共作であることが明かされています。

「キンラメ」「星くずキラキラ」「ミラー・ボールのお月様」「ネオンのカクテル」「流れ星」…

これでもかというほど、夜の光が描かれた歌詞は売野雅勇のデビュー作にして傑作。

2度繰り返される「ヤシの木かげ」から、実際の「東京」ではない架空都市が舞台だと思わせます。

【7 黄昏のジゴロ・デ・マンボ】

今度の舞台はキューバです。

「耳元で妖しいVoice/とぎれとぎれの愛を語る」の歌詞から察するに、ヒモの男とマンボダンスのイメージでしょう。

マイナーコード感強めな楽曲はべたっとした歌謡曲的な節回しを要求していますが、河合夕子はからっとした歌でかわしています。

さりげない歌詞ながら、売野雅勇がKinKi Kidsに書いた「哀愁のブエノスアイレス」の原点が見えます。

【8 バスクリン・ビーチ】

クール・バスクリンのCMに使われた楽曲で、河合夕子の代表作のひとつです。

ビーチでバスタブにつかっている若い女性のもとに、海から彼氏とおぼしき男性がバスクリンを持って上がってくる。

バスタブにバスクリンが注がれた女性は、幸福そうな笑顔を浮かべる…といったCMのバックで「ひと夏の恋 バスクリン・ビーチ」の一節が流れていました。

海辺の風景をスケッチした歌詞に、スイートな歌メロと抑制の効いたサラッとした歌が心地いい。

【9 北京挫折街】

「北京の広場に七色光線」「ラストワルツを 星屑悲しく 照らすよ」と北京の風景をポップに見せた歌詞が印象的。

キラキラ感とペンタトニックスケールの音の哀愁が重なっています。

歌唱はやや強めながら、感情を込めすぎていない加減が河合夕子のうまいところです。

【10 世紀末。神々のチャチャチャ】

ラストを飾るのは、「銀河」「宇宙」「夜」といったイメージのリフレインでポップに世紀末を歌った楽曲。

「チャチャチャ」の高音が効いていて、歌唱と曲調が河合夕子の声にもっとも合っています。

【11 ルートB♭m】※CD版ボーナストラック

もともと「東京チークガール」のB面で、レコード盤には収録されていませんが、これも紹介しておきましょう。

河合夕子の大人っぽさと少女らしさの両方を感じさせるクリスタルな歌声がすばらしいからです。

歌詞もそんな世界観をあらわしているから、楽曲に歌がピタリとはまっています。

ちなみにB♭はブルーノート・スケールの構成音。

河合夕子ってどんな人?

河合夕子は1958年12月20日、愛媛県生まれ。

小学校1年生よりピアノを習い始め、私立済美高等学校音楽専門コースへ進学します。

1976年、同校在学中に第1回ホリプロタレントスカウトキャラバンに出場。決勝に残ったことをきっかけに1977年、ホリプロ入り。

その後、シンガー・ソングライターとしてデビューすべく歌のレッスンを受けつつ、オリジナル曲を書き溜めます。

1981年に発表した本盤「リトル・トウキョウ」でデビュー。ABC歌謡新人グランプリ・審査員激励賞を受賞しました。

1982年9月、須藤薫、遠藤京子とともにCBSソニー・EPICソニー・ビクターの3社で企画されたイベント「ギャルコン(ギャルズ・コンテンポラリー・サウンズ)」に参加。

同年に3人で新宿ルイード、渋谷エッグマンなどにてジョイントライブを開催しました。

ソロアーティストとしてはオリジナルアルバム3枚と企画盤カセットテープ1本を残しています。

1986年、スタジオミュージシャンへ転向。以下の人たちをはじめ、多数の作品にコーラスで参加しました。

  • SMAP
  • 久宝留理子
  • 高橋真梨子
  • 松任谷由実
  • 徳永英明
  • チャゲ&ASKA
  • 小柳ゆき
  • 安室奈美恵
  • 相川七瀬
  • 中島美嘉

また、80年代中盤から姫乃樹リカ「ハートの翼」、宮里久美「A子の友情」など楽曲提供もしています。

現在はボイストレーナーとしても活動中です。

おわりに

今回は河合夕子「リトル・トウキョウ」を紹介しました。

本盤の聴きどころは以下の3つです。

  1. 売野雅勇によるキラキラポップな七色の光線
  2. トロピカル&エキゾチックな雰囲気
  3. スキップするような軽やかな歌

【河合夕子「リトル・トウキョウ」の総評】
※星5つで満点

時代性 ★★★★★
演奏  ★★★★
独創性 ★★★★★
楽曲  ★★★
歌   ★★★★★

本盤のCDは廃盤、音楽配信サービスでも配信されていないので、中古盤を探しましょう。

  • この記事を書いた人

kinuzure

人生の大半の時間を中古盤DIGについやしてきたポップスマニア。いまだに大人になれていないクリスタルな四十路男。【来歴】1980年代、幼少期にAORと歌謡曲を聴いて育つ。 海外のAORを数多く聴いていたものの、あるとき「AOR歌謡」を発見。強く惹かれる。【好物】レコード/古本/1980年代/生クリーム/コーヒー/ウィスパーボイス/ディミニッシュコードの響き

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