AORとポップカルチャー

シティ・ポップは今なぜ海外で人気?世界から注目される4つの理由【ポップスマニアが解説】

カセットテープのイラスト

2020年頃から海外で1980年代のシティ・ポップの人気・評価が高まっています。

竹内まりやの「プラスティック・ラヴ」が海外メディアで紹介されたことや、松原みきの「真夜中のドア~Stay With Me」が世界数十か国の音楽配信サービスで1位にランクインしたことを皮切りに、シティ・ポップ人気が急上昇。

韓国のDJ「Night Tempo」によるシティ・ポップのリエディット企画なども追い風になり、さらなる盛り上がりを見せています。

今回はなぜ日本のシティ・ポップが海外で人気が出たのか、その理由を30年以上シティ・ポップを聴いてきたポップスマニアの私が探ってみました。

シティ・ポップ人気の4つの理由

世界規模に広がっている現在のシティ・ポップ人気を分析したところ、次の4つが浮かび上がりました。

  1. DTMの作り方に似ているから時代に馴染む
  2. ローファイに癒しが求められている
  3. モノへの愛着に回帰する時代にフィットした
  4. ただ流行に乗って聴いている

ひとつずつ解説していきます。

DTMの作り方に似ているから時代に馴染む

シティ・ポップが現在のDTM(デスクトップミュージック=パソコンでの音楽制作)に似ていることが今の時代に馴染むひとつ目の理由です。

シティ・ポップは録音にこだわります。

1970年代から80年代にかけて作られたシティ・ポップは、様々な音を重ねたり音にエフェクトをかけたりして作られました。

そのようにして作られた理由は2つあります。

ひとつ目は、音の聴こえ方にこだわる音楽制作者が多かったから。

ふたつ目は、レコーディングにお金をかけられた豊かな時代だったからです。

こうした理由から「レコーディングで音を加工する」という発想が当たり前のようになされていたわけですね。

たとえばシティポップの代表的作曲家・林哲司は、1980年代にオメガトライブの楽曲をレコーディングする際、電子ピアノ「フェンダーローズ」の音と生ピアノの音を重ねたと証言しています。

(フェンダー)ローズと生ピアノのダブリングもそうですね。厚みを出すため、アクセントをより強く出すために生ピアノを入れるんです

杉山清貴&オメガトライブ 35年目の真実:林哲司が作り上げた哀愁サウンドの秘密

電子ピアノと生ピアノを重ねるのは日本のシティポップのレコーディングの常套手段ですが、海外ではそんなレコーディングはされていなかったようです。

シンガー・ソングライターの角松敏生がアメリカでプロデューサーのデビッド・フォスターに会ったとき、ローズと生ピアノを重ねているかと訊ねると「そんなことしていない、ローズの音だけだ」と言われたというエピソードがあります。

ここからわかるのは、1980年代の日本とアメリカの制作方法の根本的な違いです。

  • アメリカはひとつの音の厚みを一回の演奏で出す
  • 日本はひとつの音の厚みを別の音を重ねて出す

つまり、アメリカはレコーディングがライブ録音的で、日本はずっとDTM的だったわけです。

楽器の音を重ねるだけでなく、SEを重ねる音作りの例もあります。

たとえば斉藤由貴「卒業」のイントロ。

「卒業」の編曲を担当した武部聡志は、イントロのアルペジオを学校のチャイムをイメージした音にし、鳥の声を加えたと証言しています。

うっすらと鳥の声も入れているので時間は朝、始業のチャイムですね。この鳥の声もシンセで作ったものでした。

武部聡志「すべては歌のために: ポップスの名手が語る22曲のプロデュース&アレンジ・ワーク」

実際の楽曲を聴くと、鳥の声は一種類だけでなく何種類かあり、かつ鳥が飛んでいる感じに聴こえるようスピーカーの左右に音が移動する(パンニング)という録り方までされているのです。

このように音を重ねて表現するレコーディングの手法は、現在のDTMによく似ています。

DTMでは音を任意でいくらでも重ねられるし、自由にサンプリングした音を加え、エフェクトをかけられる。

つまり現在のトラックメーカーは、1980年代のシティポップの音作りと同じ発想でDTMをつかって楽曲を制作しているのです。

それゆえにシティ・ポップは今の時代に馴染みやすいのでしょう。

ローファイに癒しが求められている

いまと逆だから求められる部分もあります。

高音質・高解像の音でなく、低音質・低解像=ローファイな音だから癒される。それがシティ・ポップが受け入れられた二つ目の理由です。

2010年代以降、高解像度の音源(ハイレゾ)が普及しました。

音がぼやけずくっきり聴こえるハイレゾは、音質のクリアさにおいては最高かもしれません。

しかし、一方であまりにもクリアな音は情報量が多く、脳に「聴こえすぎるストレス」を与えます。

いわゆる「デジタル疲れ」ですね。

とくにCOVID-19/新型コロナによるパンデミックが拡大してからは、聴こえすぎる音より、適度にノイズのある音を求める動きがあらわれました。

顕著なのがカセットテープへの需要の高まりです。近年は著名なアーティストも続々とカセットテープで作品を発表しています。

たとえば2020年には、レディ・ガガのアルバム「Chromatica」や、セレーナ・ゴメス「Rare」などがカセットテープでリリースされ、好セールスを記録しました。

こうしたカセットテープ人気からは、高音質・高解像の音(ハイレゾ)=ハイファイにたいする拒否反応が見てとれます。

つまり、ハイファイを「癒されない」としてしりぞけ、癒される音=ローファイ(アナログ/ノイズのある音質)を求める動きがあるのです。

また、2020~21年にかけて作られた楽曲は、わざわざ音質を劣化させる加工をしてローファイな音質にしている作品が多いことに気づきます。

次のヒット曲はすべて音質を落として録音しています。

  • ザ・ウィークエンド「Blinding Lights
  • ショーン・メンデス&ジャスティン・ビーバー「Monster
  • オリヴィア・ロドリゴ「deja vu

このように、世界中のポップスにローファイが持ち込まれている状況下で、シティ・ポップ・フィーバーは加速しました。

海外のサイト「Aesthetics Wiki」には、シティ・ポップはローファイとして鑑賞されているとはっきり書かれています。

a lot of City Pop aesthetics will find themselves tied to the Lo-Fi aesthetic

https://aesthetics.fandom.com/wiki/City_Pop

音を加工したり、高温多湿な環境で録音された日本のシティ・ポップは、当時の欧米のポップスよりローファイ度が高いのです。

音の輪郭がぼやけ、重なっている音がくっきり聴こえません。

シティ・ポップのこのような側面が、ローファイを求めるリスナーから歓迎されている。それもシティ・ポップ人気の理由のひとつです。

こうした動向を見るにつけ、「また同じフェーズに差しかかったな」と思う人もいるのではないでしょうか。

というのは1990年代にも、音楽のデジタル化が進んだことで「劣化した音質こそが高音質より人間の耳にやさしい音だ」との声をよく聞いたからです。

音楽の音質が向上すると「ローファイ」こそ素晴らしいという主張が出てくるのでしょう。

いま、またその時代が来ているのです。

モノへの愛着に回帰する時代にフィットした

「モノ」への価値に回帰する時代にフィットしたというのが三つ目の理由です。

2010年代以降、音楽の定額制配信サービス(サブスクリプション)が台頭しました。

これにより、CDの売り上げは減少し、「音楽は所有するのではなくネットワーク上で共有する」という認識が広まりました。

しかし、サブスクリプションは次のような問題を抱えています。

  • 配信されていない作品がある
  • 自分で探す・買いに行く楽しみが奪われた
  • ブックレットが見られない
  • お気に入りの楽曲・アーティストの登録数が増えると管理しづらい

こうした問題があきらかになると、「音楽をモノとして所有したい」という欲求に立ち戻っていくものです。

先述のカセットテープやアナログレコードの需要が高まっているのも、人々の「音楽をモノとして手に入れたい」という欲求に絡んでいるのでしょう。

また、サブスクリプションでは「音楽」にしか触れられませんが、レコードやカセットテープは、ジャケットや歌詞カード、解説書、ピンナップなども付属します。

こうした面も含めて「懐かしい」「味がある」「エモい」といった気分にさせるのです。

シティ・ポップは、耳と目で楽しむ音楽として時代の気分にフィットしたのではないでしょうか。

ただ流行に乗って聴いている

DTM的な音作りだとか、ローファイな音がいい、といった聴き方をするのは音楽通のリスナーか音に敏感なリスナーです。

音楽にそれほど詳しくない層のリスナーは、単純にトレンドとしてシティ・ポップを受け入れているように見えます。

  • イギリスのネットメディアで竹内まりやの「プラスティック・ラブ」が紹介された
  • インドネシアのYouTuber・レイニッチが「真夜中のドア」をアップロードした
  • Night Tempoがクラブでシティ・ポップをプレイした

こうした「シティポップがいま流行ってる」という情報をキャッチしてシティポップに目を向けた層も一定数いるはずです。

あるいは、2010年代以降のネオ・シティ・ポップのMVを見て、YouTubeで80年代のシティポップをレコメンドされて興味を持ったというひとも中にはいるでしょう。

じっさい、80年代のシティポップ関係の動画に「いま18歳ですが、最近の音楽より良いと思います」といったコメントが書き込まれているケースも増えました。

DTM的な音作りだとか、ローファイな音がいい、といった層がシティ・ポップを支持したことで波が起こり、その波に乗ってシティポップをシェアした層がさらに人気を盛り上げているのでしょう。

おわりに

ここまで述べてきたとおり、シティポップ人気の理由は4つ。

  1. DTMの作り方に似ているから時代に馴染む
  2. ローファイに癒しが求められている
  3. モノへの愛着に回帰する時代にフィットした
  4. ただ流行に乗って聴いてい

以上が私の分析したシティ・ポップが世界で人気が出た理由です。

じっさいにどうか確かめるため、ぜひシティ・ポップを聴いてみてください。

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  • この記事を書いた人

kinuzure

人生の大半の時間を中古盤DIGについやしてきたポップスマニア。いまだに大人になれていないクリスタルな四十路男。【来歴】1980年代、幼少期にAORと歌謡曲を聴いて育つ。 海外のAORを数多く聴いていたものの、あるとき「AOR歌謡」を発見。強く惹かれる。【好物】レコード/古本/1980年代/生クリーム/コーヒー/ウィスパーボイス/ディミニッシュコードの響き

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