AOR歌謡レビュー

麻生小百合「ぴんく」は歌声の中毒性ひとつで聴かせる「駄傑作」

ぴんく

80年代のおもしろそうな音楽を探している方、こんにちは。

あるいはあの頃出会った音楽が心の片隅に引っかかっている方、ようこそ。

今回はシンガー・麻生小百合の3作目にして事実上のラストアルバムとなった「ぴんく」(1983年)を紹介します。

麻生小百合「ぴんく」とはどんなアルバム?

1983年に発表された麻生小百合の3rdアルバム「ぴんく」は、80年代ポップス・ファンから奇盤扱いされている作品です。

いままで売りにしてきた「キャンディ・ジャズ」はいずこへ。

ジャズ風ポップスだと思ってフタを開けてみると、聴こえてくるのはテクノ歌謡風の曲ばかり。おまけに後半では、喘ぎ声の入った奇抜な曲まで披露しています。

畑中葉子のように完全にセクシー路線に振り切っているならまだしも、ガーリーでポップな曲に急にアダルト要素が入ってくるから困ったもの。

まったくどう聴いたらいいやら…とリスナーを戸惑わせる本盤ですが、ポップス・ファンのほか、B'zのファンにも聴かれていそうです。というのは、収録曲の「可愛がられナイト」「My Love For You」で、B'zの松本孝弘がギターを弾いているから。

さらにTUBEやビーイングの作品を追いかけている人にも知られています。収録曲の「Love Somebody」が後にパッケージを変えて、TUBEの「ビコーズ・アイ・ラブ・ユー」としてリリースされたためです。

なお、前作まで携わっていた入江純、織田哲郎は本盤には不参加。代わりに岩本正樹がプロデュースに加わっています。

麻生小百合「ぴんく」の聴きどころ

本盤の聴きどころは次の3つ。

  1. 中毒性のある歌声
  2. 傑作とも駄作ともつかない味わい
  3. 90年代以降のポップスを先取ったセンス

ひとつずつ見ていきましょう。

中毒性のある歌声

麻生小百合は声に魅力のある歌手です。

1stと2ndでも声の魅力は感じられましたが、声がフニャッとしてぼやけている印象でした。

本盤では輪郭がくっきりし、芯のあるボーカルへと進化。声の魅力が最大限に発揮され、いよいよ中毒性を感じさせる域に到達しました。

2ndからの期間に多少練習を積んだようにも思えますが、歌唱力はさほど上がっていません。声色や声の響かせ方といったセンスの部分に磨きがかかっているのです。

本盤を発表した直後、雑誌のインタビューで麻生小百合は自身の目標をこう語っています。

今の私って別にこれといった売り物がないんですよね。別に歌が上手な訳でもないし(笑)。でも、一つの歌に対するこだわりはあるんですよ、やっぱり歌は好きですしね。だから歌でなにかやりたいってことはあります。

ミュージック・ステディ1983年10月号

つまり歌唱力でなく、歌で表現をしたいという思いはあったということです。

その努力が実を結んでか、本盤のボーカルは何度も聴きたくなる歌声に仕上がっています。

傑作とも駄作ともつかない味わい

本盤は何度聴いても駄作なのか傑作なのかわかりません。

キャンディ・ジャズのコンセプトをもって作った1stと2ndと違い、ジャズ色を薄めてニューウェイブやテクノ歌謡などを取り入れた音作りになっているため、全体として何を狙っているかわからない出来になっています。

本盤のキャッチコピーは「アバンギャルドな甘いスイング!私はあなたのものよ!」。なのに、スイングしている曲は少ないのです。

奇抜さを狙い、あえぎ声を入れるなどひとひねり加えた結果、迷走気味の曲が並んでしまった。

なのに、麻生小百合は声の魅力ひとつで押し切れる力をつけ始めています。曲がどうあれ、声だけで聴かせてしまうのです。

製作側は「話題性」やら「流行」やらを取り入れて複数の道を歩かせようとしたのに、麻生小百合はひたすら「声で表現する」という一本道しか歩いていない。

その意味では駄作であり傑作でもある「駄傑作」なのです。

90年代以降のポップスを先取ったセンス

90年代の渋谷系界隈や、2000年代中盤から現在までのアイドルのアルバムには、詰め込み式の作品が増えました。

4つ打ちのダンスミュージックの曲があると思ったら、変拍子のプログレみたいな曲をやっている。

J-POPらしい曲と洋楽のトレンドを反映させた曲の混在。演歌とボサノバ。こういった曲調に統一感のないアルバムが当たり前のように存在するようになったわけです。

そのような統一感のなさ=アバンギャルドな雰囲気が本盤には目立ち、今日の視点からながめれば、ここにあるのは「早すぎたセンス」です。

今なら、BISHを輩出したWACK所属のアイドルはおろか、もっと尖っていないプロダクションでもこれくらいの作品が制作されたっておかしくないでしょう。

麻生小百合「ぴんく」全曲レビュー

麻生小百合「ぴんく」の収録曲を全曲解説していきましょう。

Kiss Kiss Kiss

ピッチがぐらつくものの、つたなさより妙なうまさを感じてしまうのはなぜか。

歌声の魅力だけで聴きごたえのある曲に仕上がっています。

こうなると技術なのかセンスなのかもはやわかりません。

Love Somebody

のちにTUBEの「BECAUSE I LOVE YOU」として小ヒットした長門大幸の作品。

これも声質だけで引っ張ることに成功しています。

歌詞の「ねェ 今頃 急にここまで呼び出して…なぜ?」の「なぜ?」は、「BECAUSE I LOVE YOU」の」歌詞がアンサーになっています。

それはそうと、イントロのドラムが「Be My Baby」なのはなぜ?

可愛がられナイト

ニューウェイブ風アレンジに麻生小百合の中毒性のある歌声がハマった曲。

コードも工夫が凝らされています。

囁いてランデブー

いままでの「キャンディ・ジャズ」路線のスイングを継承している曲。

シティ・ポップ×ニューウェイブの色を残していますが、スッキリしないフェイドアウトで楽曲が終わります。

ジュ・テーム

3拍子の求愛ソング。サビがビートルズの「Lucy in the Sky with Diamonds」のようにリズム変します。

後半に笑い声と控えめな喘ぎ声が入ってくるのが不気味。

My Love For You

夏の夜を描いた曲。

アコギをバックに随所にはさまれるオーギュメントコードでせつなさを演出しています。

ギターでB'zの松本孝弘が参加。

前の2曲と同じくやはり曲のラストが奇妙な締め方になっています。

Oh! My Darlin'

ブロンディ風のイントロからスタート。

「本気じゃないの ゆうべのヒミツ」とあけっぴろげに歌うボーカルが素晴らしい。

後半でスラップベースが効いたグルーヴに喘ぎ声が乗ります。喘ぎ声に緩急がついているのがキッチュ。

天気雨Summer Day

シャッフルビートのシティ・ポップ。

これも前作のキャンディ・ジャズ路線を引き継いでいます。

前作のように入江純がアレンジしていないことで、トーンの柔らかさに欠けている気も。

Evening Calm-夕凪-

亜蘭知子の作詞ながら、歌詞の世界観に麻生小百合の歌声がミスマッチ。

アバンギャルドを狙った「ジュ・テーム」や「Oh! My Darlin'」よりも実はこのミスマッチのほうがアバンギャルドなのでは?と思えます。

麻生小百合のプロフィール

麻生小百合は1960年生まれ、静岡県出身。

テニスが大好きで、通っていた日本大学三島高校ではテニス部に所属していました。

高校時代の先輩が東京でバンド活動をしていて、ボーカルとして加入してほしいと誘われたのをきっかけに上京。たまたまバンドの練習をしていた場所が渋谷のジャズ喫茶の地下だったため、4ビートを耳にするうちジャズに興味を持つように。

はじめて買ったジャズのレコードはヘレン・メリル。

デビュー当時聴いていた音楽はコニー・スティーブンスやコニー・フランシス、ドリス・デイ、ジュリー・ロンドンなどのアメリカン・ポップスばかりだったとか。

そうしたシンガーの音楽が「キャンディ・ポップス」と呼ばれていたことから、麻生小百合の音楽は「キャンディ・ジャズ」と名付けられました。

「とにかく私はカッコイイ事がやりたかった訳で、ま、そこにジャズみたいなものがあったんです。(ミュージック・ステディ1983年10月号)」と本人が語るとおり、発表した楽曲は本格的なジャズではなく「ジャズみたいなもの」。軽めのジャズ風ポップスといったところです。

歌手としての活動期間は1年間程度と短く、その間も音楽の仕事よりグラビアの仕事が多かったようです。

いま振り返ってみると、歌手というより「歌も歌っていたグラビアアイドル」という位置づけが適切ではないでしょうか。

ただ、メディアにはそこそこ取り上げられていて、何度か秋元奈緒美と一緒に雑誌の取材を受けています。

民放のテレビ番組の出演記録はほとんどないものの、テレビ神奈川の音楽番組で原田真二のアシスタントを務めたこともありました。

おわりに

今回は1983年に発表された麻生小百合の3rdアルバム「ぴんく」を紹介しました。

本盤の聴きどころは次の3つ。

  1. 中毒性のある歌声
  2. 傑作とも駄作ともつかない味わい
  3. 90年代以降のポップスを先取ったセンス

【麻生小百合「ぴんく」の総評】
※星5つで満点

時代性 ★★★
演奏  ★★
独創性 ★★★★
楽曲  ★★
歌   ★★★★

本盤はCD化されていず、音楽配信サービスでの配信もありません。

気になったら中古盤を探しましょう。

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kinuzure

人生の大半の時間を中古盤DIGについやしてきたポップスマニア。いまだに大人になれていないクリスタルな四十路男。【来歴】1980年代、幼少期にAORと歌謡曲を聴いて育つ。 海外のAORを数多く聴いていたものの、あるとき「AOR歌謡」を発見。強く惹かれる。【好物】レコード/古本/1980年代/生クリーム/コーヒー/ウィスパーボイス/ディミニッシュコードの響き

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